【レビュー】『チャイルド44 森に消えた子供たち』(原題:Child 44)原作小説ありきの難しさ

楽園で起きる殺人事件

この国では殺人が起きない。

なぜなら楽園だから。


つかみどころのないキャラクター達。
「殺人があってはならない国での連続猟奇殺人事件 」というなんだかディストピアSF的な時代背景。
これは面白いかも…と思いきや。

正直、いまいちな作品でした。
役者さん達の演技は見どころあるんだけれどね。
いやもう、ほんと演技が最高だからなんかちょっと満足してしまうんだけれどね!
以下ネタバレあり。



まずキャッチーなこのタイトルがいけない。いやいや、そういう話じゃないじゃんと。

子供ばかりを狙った連続猟奇殺人事件。犠牲となった子供の数、44人…
いやいや、45人以上いたじゃん!
というツッコミはまあいいとして(よくないけど)そもそもこのシリアルキラーを追う話いる?

社会派映画のようなサイコサスペンスのような夫婦愛を巡る心理サスペンスのような。
どれもこれもうまく絡み合わず、すべての要素がボヤけた印象。
話の軸が多すぎて整理されておらず「何がしたいのこの映画」と思ってしまう残念な結果に。
原作は面白いのかもしれないけれど(このミスが面白い保証はない)映画の限られた尺に落とし込めていない。
原作ありきの難しさなのだろうか。

 


惹き込まれる「起」

予備知識皆無で観た場合でも、以下のような社会的背景は話が進むにつれてわかります。

①殺人事件が起きないはずの理想国家
②大規模な飢餓により増えた孤児
③絶対的権力で秘密警察には逆らうことのできない社会

孤児だった名も無き少年が「レオ」という勇ましい名前を授けられ、成長し、戦場で目覚ましい戦果を上げ、秘密警察のエリートとなるところから物語は始まります。

美人の妻(ノオミ・ラパス)を娶り、彼の人生は順風満帆かと思われた。

あるときスパイを匿っていた親子4人家族の両親をレオの部下が殺してしまいます。
「見せしめのためにやった」
この部下の言動に「子供は関係ないだろ!」と激昂するレオ。
「孤児」として育ったレオにとって部下の行動は許しがたいものだった。

このシークエンスで、レオの性格がわかります。
「冷酷で乱暴者のようだけれど、無駄な殺生は好まず、子供を大事にする性格」

そしてこのとき注意された部下がレオに対する私怨を抱き、2人の対決が物語の主軸であると予想されます。
ここまでは結構良かったです。何よりもレオを演じるトム・ハーディが最高で。
ちょっと前ならレイフ・ファインズも似合いそうだけど、レイフ・ファインズだと危ない臭いが強すぎるかな。

増える軸「承転」

・妻にスパイの疑惑をかけられ、秘密警察に差し出すよう上司に命令されるレオ。
・同僚の息子が殺人にあい、しかし「殺人の起きない国家」であるがゆえ、真相を追うことができないレオ。

この2つの話が殆ど同時進行で語られていきます。
これがねー、しっかりと絡み合えば面白かったんだろうけれど、全然うまいこといってない。
むしろ観る人は「殺人事件」の方がメインの話と思っているのに、テンション高く描かれるのは「妻のスパイ疑惑」なんだよね。しかも「妻はスパイなのか?」という話の方が面白い!この軸を最後まで引っ張れば興味も持続したのかもしれないけれど…。

「妻はスパイではなかった。スパイ疑惑は忠誠心を試すテストだった。テスト不合格だから君は田舎に左遷ね」

というオチがすぐにやってくる。ここで一気に興ざめ。
殺人事件も「この国では殺人は起きないんだ、捜査しちゃダメなんだ!」というジレンマを抱えながらも、同僚を説き伏せたレオなのに、左遷後あっさり捜査再開。
リスクとリターンをしっかり天秤にかけるレオにとってはあまりに軽すぎる方針転換で、なんか釈然としない。

ゲイリー・オールドマンが耳元で囁く「殺すぞ」演技に萌えたり、夫婦げんかのシーンが「社会」を反映させたもので最高に面白かったり、好きなところもあるんだけれど、物語としては、いまいちな状態になっていく。

なんか語りきれてないまま終わった「結」

後半は犯人を追う主人公夫婦とそれを妨害する元部下ワシーリーという展開に。
ここで一気にアクションシーンが増えるんだけれど、このアクションがなあ、誰が何やってるのかわからん。
マッドマックスの完成されたアクション観た後だと、勢いでごまかしているだけの映像に飽きが来る。スキップして結果だけ観たくなる。
そもそも秘密警察がやたらと妨害してくる理由がうやむやなのと、なんでこの主人公夫婦はいきなり義憤にかられているんだと、誰も彼も思惑が見えなさすぎて感情移入ができない。
一貫した行動をしているのは元部下ワシーリーだけじゃないか。
最後はあっさり犯人追い詰めて「社会が悪い」みたいなこと語らせて、ワシーリーとの対決も夫婦愛で勝利。
ワシーリー殺しちゃったしこりゃやべえと思ったらものすごく都合よくMGB戻って出世も約束されハッピー。
冒頭でワシーリーが殺した農家夫婦の子供を養子にとり、なんか物語的に綺麗にまとまった感が出て終わった。

感想

サスペンスやミステリーを期待するとよくない。
かと言って社会派映画として観るには猟奇殺人事件の内容や犯人の造型がライト過ぎてリアリティが無くもの足りない。
そのくせ役者さんの演技はうますぎて、いやもう本当に、バランスが悪い!
猟奇殺人事件のエンタメ性と硬派な社会派ドラマを混ぜるならもっとしっかり混ぜてほしい。
根底に流れる「偽りの秩序による犠牲者達」みたいな大きなテーマは見えるんだけれど描き方が弱い。

物語には主軸が必要なんだということがよく分かる映画だった。
同じストーリーにするにしても、編集を変えることでだいぶ面白くなる気がする。

主人公夫婦の関係が面白いので、この2人の心理描写メインの物語にしたほうが絶対良い。
しっかりと2人の心情を描いた上で、周りの出来事を絡ませていけば、もう少し良い映画になったと思いました。
ヴァンサン・カッセル久しぶりに観た。